昨日、明和町の先輩のところへ行ってきました。
今回の目的は、鉄道模型ポイント制御盤の盤面の色、スイッチの向き、その他の打ち合わせと、10年弱連れ添ってきたパソコンの調子が悪い(表示絡み)ということで診断のためです。
色についてはWindowsのペイントで任意の色を作ってもらい、その色のRGB値をメールで受けてMacのドローソフトで使いました。
言葉で「例えるなら国鉄形車両の運転台の深緑色」と言われたのと、受け取ったRGB値で出力した色に個人的な違和感を感じましたが、やはり「この色は違う」と言われました。
Macの画面上の色味と、光沢フィルムにインクジェットプリンタで打ち出した色味はよく似ているのですが、MacでPDFに出力したものを先輩のパソコンで表示させると、全く違う色なのです。
これはMacとWindowsの標準ガンマ値が違うとかいうレベルの話ではないですし、そもそもMacはLeopardあたりから標準ガンマ値をWindowsに合わせたはずなので、ウチのMacを基準にすると先輩のパソコンのディスプレイは彩度が落ちて表示されるということになります。
Macの話になってしまいますが、MacOSにはColorSyncという、入出力機器間で色の違いをできる限り抑える仕組みがありますが、WindowsはMacOSほどカラーマネジメント環境が整っていません。
色を扱いだすと、パソコンってとたんに難しくなりますね。
MacOSならRGBで編集してCMYKで出力しても違和感なくできるのに、RGB同士なのにWindowsとMacの間では差が出るというのはなぜなんでしょう。
パソコンの調子が悪いのは、原因不明。マウスカーソルが化けたり、デスクトップの背景のみが崩れたり。
ディスプレイアダプタのドライバを更新してうまくいったかと思いましたが、私が帰った後に再発したようです。
アダプタを新しくするにしても、今時AGPのアダプタ売ってるのかな?
先輩は今日は仕事なので、用事を済ませた後は別れて私は津のビジネスホテルに泊まってきました。
web予約したのですが、狭くて眺望が悪いという事で割引されていた部屋を取りました。
夜は寝るだけだし、朝はすぐ出かけるので、部屋が狭いのも眺望が悪いのも何の苦にもなりません。
狭さと眺望の悪さなら、乗務員宿泊所で慣れています。
石榑峠へ行こうと思ったのは、酷道マニアにはあまりにも有名な「コンクリートブロック」を見たかったからです。
詳しくはGoogle先生に聞けばわかりますが、狭い峠道に大型車が入らないように物理的に制限する仕組みが、石榑峠にはあるのです。
しかし峠は土砂災害で通行止めになり、峠をバイパスするトンネルも貫通しました。
朝、ホテルを出る前にインターネットコーナーで調べたところ、三重県側の旧道入口は塞がれているようでした。
そして実際に現場へ行くと、確かに旧道へ入る事はできなかった。
トンネルを抜けて、滋賀側から旧道へ入ることも考えましたが、次なる目的地へ行くためにスルーしてきました。
石榑峠を下って行くと、愛知川(えちがわ)左岸を走ることになります。
そしてその愛知川には「永源寺ダム」が設けられているのです。
石榑峠を下るとダムがある事はたまたま知り、そしてダムカードを配布している事もたまたま知りました。
それでもってこのダムが、重力式コンクリートとロックフィルの複合ダムである事は、現地に到着して初めて知りました。
このダムは天端は立ち入り禁止のため、ロックフィル側に行くには川を渡らなければなりません。
ダムの下流へ車を走らせ、橋を渡って対岸へ。
右岸は市道で途中まで生活道路なので、そろりそろりと走ります。
途中、冬期通行止めのバリケードが出現したため、駐車場にクルマを止めて徒歩でダムに向かいました。
歩くこと約30分、ダムの左岸に到着。確かにこちら側はロックフィルだ。(画像)
天端が通れれば歩いて3分なのにとは思いつつ、立ち入り禁止だから仕方ありません。
思う存分撮って、来た道を引き返しました。
永源寺ダムからは、国道を降りてくればそのまま名神八日市ICに乗れるのですが、少し寄り道をすれば豊郷町を通る事ができます。
2009年11月にも豊郷町へ行っていますが、あの時はガチャコン(近江鉄道)でした。
なぜ豊郷町なのかは2009年11月20日の手記を見て頂くことにして、この街をクルマで走っていて一つ気になる事がありました。
それは、「飛び出し注意」のこども看板がやたら多いこと。
あと、豊郷町内のうどん屋で昼を食べたのですが、メニューには「他人丼」がありました。
秘密の県民ショーで初めて知りましたが、他人丼というものが確かに存在しました。
私が注文したのは他人うどんですが。
にかけうどんに、牛肉を卵でとじたのが載っていました。おいしかったです。
今回もガーミンを持って行ったので、ドライブ軌跡をアップロードしておきます。
Yahoo!ボックスに入っていますので、Google Earthなどでご覧下さい。
Google Earthで時間を早送りして見ると、高速道路がどれだけ便利なものかよくわかります。
高速道路上で長時間止まっているように見えるのは、パーキングエリアで昼寝をしたためです。
一宮ICで降りて名古屋ICから再び高速に乗る謎の行動は気にしないで下さい。
2月26日の手記に書きましたが、メインマシンであるMacBook(late2008 alminum)のハードディスク残容量が少なくなったので、土曜日にグッドウィルへ行って日立の750GBを買ってきました。
日立Travelstar 7K750、記憶容量750GB、ディスク回転数7200rpm、バッファ容量16MBと、私には勿体ないスペックです。
メーカーにこだわりはありませんが、知らないメーカーは手を出したくなかったのでコレにしました。
ハードディスクを換装するにあたり、大きな問題になるのがデータの引っ越しです。
WindowsではOSを再インストールする事なくデータを移行するには専用のソフトが必要ですが、Mac OS Xには必要なものが初めから入っています。
ディスクユーティリティの「復元」機能で、復元元をこれまで使ってきたハードディスク、復元先を新しいハードディスクに指定して実行するだけで、作業は終わります。
ただし、復元元に起動ディスクを指定する事はできないため、起動ディスクを用意する必要があります。
私はMacBook購入時に付いてきたLeopardのインストールDVDを使いましたが、Lionでは非常時用システムを格納したパーティションが見えないように作られるようで、DVDを用意しなくてもできたようです。
復元が終了し、いよいよ物理的にハードディスクを取り替えます。
MacBookはバッテリ蓋を開けてネジを1本取るだけでハードディスクにアクセスできます(画像)。
期待に胸膨らませながら電源ボタンを押すと...
ありゃ、カーネルパニックを起こして強制再起動を要求されました。
移行に古いLeopardのディスクユーティリティを使ったのが原因か、はたまた別に原因があるのか。
とにかくLionを新しいハードディスクに再インストールする必要があるため、SATA-USBケーブルで古いハードディスクをMacBookに接続し、古いハードディスクから起動。
Lionインストーラをダウンロードし、インストール先を内蔵させた新しいハードディスクに指定してインストーラを実行。
インストール終了後、電源を切り古いハードディスクを切り離し、祈る思いで電源を投入したら... 立ち上がった!
Mac OS Xはこうして移行が完了しました。
問題はBootCampパーティションです。
案の定、ディスクユーティリティでコピーしたディスクでは、Windows XPは起動しませんでした。
起動を試みても「起動できるシステムが見つからない」と英語で訴えられました。
VMware Fusionでも「環境が変わっているため起動できない」と退けられる始末。
こっちは再インストールやむなしと初めから腹を括っていたため、BootCamp移行アシスタントを使ってパーティションを切るところからやり直し。
ちなみにディスクユーティリティでは、空き容量を分割するだけの再パーティションはデータを保持したまま実行できます。
ところが、LionのBootCamp移行アシスタントが、XPのインストールディスクを受け入れない。
どうやら、Win7でなければ受け付けてくれないようです。
Fusionを導入して以後、BootCampでWindowsを起動していないので、BootCampは諦めてFusionの仮想マシンにXPを入れることにしました。
こうすることで、Windowsのためにパーティションを切る必要が無くなり、限りあるディスク容量を有効活用できるようになりました。
Finderの「情報を見る」でハードディスク容量を確認すると、笑っちゃうくらいの空き容量ができました。(画像)
これで当分は安泰です。
国鉄では珍しいらしい、特定線区に特化させた仕様の119系は、3月16日をもって定期運用が消滅しました。
臨時列車としては「119ファイナル号」が残っていますが、指定席券無しではもう乗る事はできません。
年休を無意味に流すのが嫌で、何の気無しに16日に申込をしたのですが、後々考えてみればこの日はダイヤ改正前日。
営業にいたなら「非国民だ」と後ろ指を指されても仕方ない日に年休を入れましたが、事務なら自分の仕事がたまるだけなので問題ありません。
飯田線で定期運用で最後の119系による列車は、天竜峡18時40頃発車する豊橋行き、1両でした。
まずは天竜峡へ行かねばなりません。
313系3000番台でしたが、当然まだワンマンではありません。
運転士も車掌も、運輸区在籍時にお世話になったベテランでした。
何が見えるかや放送ポイントがどこだったかなど思い出しながら天竜峡へ向かいました。
天竜峡に到着すると、すでに最終運用に充てられる編成が天竜峡駅上り1番に停まっていて、留置措置をとっているところでした。
発車まで1時間以上あったので夕食をどこでとろうか考えました。
本当は駅前の時路屋でカツ丼を食べたかったのですが、この日は定休日。
乗泊となりの辻本屋も考えましたが、常連でないと居づらい雰囲気と聞いた事があったので却下。
結局川を渡って向こう側の姑射堂で馬刺を食べました。
飯田は馬刺が有名らしいですが、車掌時代に食べた事は一度もありませんでした。
腹ごしらえも済まして再び天竜峡駅へ行くと、行きの列車の運転士が出区点検を行っていました。
上下本線に313系3000番台と213系が停まっていたので撮影すると、119系の出区点検が終わってドアが開きました。
車掌も行きの列車と同じ方でした。
「お友達少ないなぁ」とからかわれましたが、実際天竜峡から乗ってきた志を同じくする方は3人くらいでした。
列車は天竜峡を定刻通り発車。
クハ118というウエイトがない5100番台なので軽快に走ります。
進段ショックも大きいです。
外はすっかり日が落ちて暗くなっていましたが、上りの放送ポイントを思い出しながら揺られていました。
平岡の「日立カラーテレビ」は健在でした。
新城辺りからファンやマニアがちらほら乗ってきました。
豊橋到着後は大撮影大会に。
けっこう人がいました。
定期の最終でこれだけ人が集まるなら、完全引退の119ファイナル号最終上りはどうなるだろうかと思うくらい。
知っている社員にも3人くらい会いました。みんな好きですねえ。人の事言えないけど。
最後にきっぷうりばで記念硬券乗車券を購入し、帰宅しました。
記念硬券乗車券は31日にも買いに行く予定です。
今日は119ファイナル号撮影の予行練習で飯田線沿線に出かけてきました。
沿線に行く前に、豊川稲荷で記念硬券乗車券を発売しているというので冷やかしに行ったのですが、さわやかウォーキングに名鉄ハイキングも同時開催で、境内では稲荷寿司食べ比べや地元ゆるキャラ大集合などのイベントも行われており、大にぎわいでした。
豊川稲荷界隈商店街統一マスコットキャラクター「狐娘ちゃん」とJR東海さわやかウォーキング東海鉄事直轄マスコットキャラクター「あゆむ君」を撮ってきました。
狐娘ちゃんのポニーテールは狐のしっぽがモチーフです(画像)。
子狐が人間のこどもに化けて豊川稲荷界隈に遊びにきている、という設定らしいです。
沿線に移動するため境内をあとにし、駐車場を歩いていたらバッテリ上がりらしい軽自動車におじさんがたくさん集まっていました。
ボンネットが開けられないらしく、運転席のオープナーを引いたあとにボンネットのラッチを外せなかったようなので外して開けました。
2台で来ていたようで救援車はあり、ブースターケーブルも持っていたのでエンジンを始動する事ができました。
ワゴンRのボンネットステーはボンネット側に付いているんですね。
2週間前に発掘した撮影ポイントに移動し、119ファイナル号を待ちます。
途中213系と313系3000番台ワンマンを撮影。
で、肝心の119系ですが、大失敗しました。
列車の前頭部がファインダーのど真ん中に来たところで、反射的にシャッターを切ってしまいました。
記録に時間が掛かるRAWモードにしていたため連写もできず、思わずカメラを地面に叩き付けたくなりました。どうしてあともう少し我慢できなかったのか。
その失敗写真はこちら。
上りを撮る気力もなくなり帰宅。
ウチの犬を撮っていました(画像)。
昼食後は不貞寝して今に至る。
3月31日は今日の失敗の教訓を生かします。そもそも今日は「予行練習」なんだし。
今月初め、公安委員会から運転免許更新のはがきが来ました。
私の更新前の免許は「中型」の欄ができたものの改正道交法の施行前で「普通」と記載されているレアなものでした。
今回の書き換えで晴れて「中型(8t限定)」となりました。
また、2級小型船舶操縦免許が期限切れで失効してしまいました。
自動車免許の更新はがきが来て、「あ、ボート免許」と免許を見たら、期限が2日後。
小型船舶操縦免許の更新は自動車運転免許と同様講習を受ける必要がありますが、自動車と異なり毎日ある訳ではありません。
気づいた時点ではまだ有効な免許を持っているにもかかわらず、講習予約は「失効」で予約しなければなりませんでした。
講習会場も常設ではなく、各地の会議室を点々をしています。
今回はたまたま豊橋商議所での講習を予約する事ができました。
無事に小型船舶操縦免許の更新ができた暁には、ラグーナ蒲郡で操船練習をして夏には後輩を連れてクルージングをしてみたいです。
今日は年休でした。
2月末時点で年休の残日数が28日でした。
8日は今年度末で失効する分ですが、5日分は保存休暇に繰り越しされるので、年休を流さないためには3月で3日の年休を使う必要がありました。
1つは8日に取って300系を撮影、2つは16日に取って119系定期運用最終列車に乗車、そして3つが今日。
先週の日曜日は119ファイナル号警備、おとといも午後は警備だったので、昨日と今日で久しぶりの連休という事になります。
昨日は119ファイナル号の追っかけをしていたので、今日は温泉にでも行こうかと考えていました。
私の場合、温泉と言ってすぐに思いつくのはとうえい温泉です。
泉質は下呂温泉に似ているらしい、塩化物泉。
無色無臭で硫黄臭に躊躇する私でも抵抗無く入れます。
しかし、一日かけて温泉に行くのなら、もう少し足を伸ばしたい。
太和金トンネルが復旧したので兎鹿嶋温泉「湯ーらんどパルとよね」もいいかなと思いましたが、久しぶりに国道152号を走りたくなったので、かぐらの湯(道の駅遠山郷)に行くことにしました。
国道151号を北上すると、名号温泉うめの湯を過ぎた交差点に「三遠南信道(無料)飯田方面へは行けません」の文字が。
後ろ髪を引かれつつも南信濃を目指します。
水窪を抜け、相変わらず前後区間との落差が激しい草木トンネルを堪能し、ヒョー越林道へ。
この区間、今になっても雪が残っていました。
ハンドルを忙しく回すのにも飽きてきた頃に林道を抜け、道の駅遠山郷を通過します。
この時点で正午を廻っていたので、先に昼食を梨本ていしゃばで食べようと思ったのです。
あの豆腐1丁がまるまる出てくる豆腐焼き定食は一度食べたら忘れられない味です。
道の駅から梨本ていしゃばまではグネグネした細い道が続きますが、バイパス工事が進んでいました。
以前は無かった橋が架かっていたり、トンネル坑口を開ける準備がされていたり。
梨本ていしゃばに到着しましたが、人気がありません。
悪い予感を押し殺して自動ドアの前に立つも、ドアは開かず。
ドアのすき間に指を押し込んで開けようと試みましたが、鍵がかかっていました。
事実は受け入れなければなりません。
落胆しましたが、道の駅に行けば食堂はあります。
静態展示されていた山林鉄道の機関車が無いことと、放置された客車の手前に50mほどレールが敷かれているのに気づき、立て看板を見ると、機関車を復活させるようです。
来た道を引き返して道の駅に到着。
まずは食堂でジンギス丼を食べて腹ごしらえ。
猪丼や鹿丼ならわかりますが、なぜかこの食堂はジンギス丼が名物のようです。
この温泉は3回目なので覚悟していましたしたが、浴場に入ると微かに硫黄の臭い。
それでも体を洗っている間に気にならなくなる程度です。
とうえい温泉は塩化物泉で舐めるとしょっぱいですが、遠山郷霜月温泉は「高濃度」塩化物泉です。
そしてこの温泉、飲用もでき、なんと痛風に効能があるらしいです。
飲用と掛け湯用に引いてある源泉はかなり硫黄臭がきついので飲む気にはなれませんでしたが、飲んでおいた方が良かったかな。
ゆっくり1時間半温泉で疲れを癒し、休憩所で昼寝して、再び頭を悩ませるのは帰り道です。
いつものルートは国道152号を北上し、矢筈トンネルを通って飯田市街地へ入り、中央道に乗って帰ります。
しかし、改めて地図を眺めるとこのルートは無駄が多いような気がします。
飯田へ行って中央道へ乗るなら、引き返して再び草木トンネルを通った方が経済的な気がしたのです。
でも、来た道を引き換えるのは性に合いません。ルートは他にもあります。
という事で、国道418号で平岡を経由し、道の駅信州新野千石平を通って国道151号を南下することにしました。
一時期国道418号のR151交点から平岡までが通行止めになっていましたが、さすがに現在は通行できます。
この区間も付け替え道路の建設工事が進んでいました。
順調に南下し、問題の太和金トンネルが近づいてきました。
すると、「太和金トンネル内 すれ違い困難」という標識がぽこぽこ立っていたのです。
トンネル手前からはセンターラインも消え、入口手前には待避所まで作られていました。
ここまでやられては不安になるので、トンネル手前で一時停止し対向車が来ない事を確認してトンネルに入りました。
すれ違い困難の理由はすぐにわかりました。
トンネルを補強するため、壁面にH鋼を張り巡らせてあり、道幅が狭くなっていたのです。
幸いにもこのトンネルは直線で反対出口まで見通せるので、気を付けて走ればど真ん中でにらめっこという事態には陥りません。
しかし、あの補強の仕方を見ると飯田線のトンネルを思い出します。
飯田線のいくつかのトンネルも変形を抑えるためにH鋼で補強してあり、建築限界に抵触しているので車両限界を縮小し、通過する列車は走行による揺れを防ぐために速度を落として運転しています。
国道151号は何度も通しで走っているので、慣れたものです。
飯田線の下を2度通り、名号の信号を左折すると三遠南信道に乗る事ができました。
「飯田方面へは行けません。」というのは、今回開通区間が鳳来峡ICから浜松いなさ北ICであり、飯田方面へは開通していないという事でした。
暫定2車線でしたが、カーブや勾配は少なく快適に走る事ができました。
4月14日には浜松いなさICから浜松いなさJCTが開通し、新東名と接続するようです。
その新東名と、新東名と東名の連絡道路(三ヶ日)も4月14日に開通するので、浜松方面と名号以北東栄方面とは所要時間の劇的な短縮が期待されます。
ただ、この道路が完成するのが楽しみな反面、完成の暁には飯田線はさらに厳しい状況に立たされるのだろうと考えると手放しでは喜べません。
私は3.11までは、どちらかと言わずとも原発推進の考えでした。
運転費が安く、容量が大きく、運転中の二酸化炭素排出も少ない原発は、地球温暖化防止の観点から見ても有利と考えていました。
しかし、実際に事故が発生し、「その後」の現実を見せつけられた今、世論の反発は当然だと思いますし、自分もこの状況下で再稼働するのは適切ではないと考えています。
ただ、ですね。
原発再稼働に反対するなら、原発に頼らない生活を実践しなければならないとも考えています。
湯水のように電力を消費するこれまでの生活様式をベース部分を支えていたのが原発なら、原発再稼働に反対する以上は原発が発生していた電力を削減する義務があると思うのです。
それから、選挙権を放棄している大人にも物申したい。
今の日本の政治家を選んだのは、今の大人です。
投票率が下がれば、団体票の割合が増えるのは火を見るより明らかで、投票を棄権しておいて政治云々と抜かす輩はさっさと社会から退場願いたい。
ろくな候補者がいないということを言う人がいるが、その中で一番ろくな候補者に投票するのがやるべき事であって、選挙権放棄は言い訳に過ぎない。
この手記で時事問題を取り上げる事はあまり無いのですが、この問題はどうしても自分の意見を表明したかったために書かせていただきました。
意見は色々あろうと思いますが、私の考えは上で述べた通りです。