東海道新幹線が雪で遅れる理由

最終更新日:2022年2月12日

東海道新幹線が雪で遅れる理由

雪で遅れる東海道新幹線

私は鉄道という業界に入るまでは、東海道新幹線が冬になると雪で「しばしば」遅れるということを知りませんでした。

朝から雪徐行を行う場合は、ニュースでも「東海道新幹線は雪のため、東京方面の上り列車に遅れが〜」と報道していたとは思いますが、高校生の時は自分が通学で利用する路線以外の情報は気に留めていませんでした。

今ではウェブサイトで列車ごとの遅れ時分がリアルタイムに更新され、遅れが発生すればTwitter公式アカウント(リンク)からプッシュ通知が飛んできますが、当時はプッシュ通知という仕組みも存在せず、大きな遅れ(おおよそ30分超)が無ければウェブサイトにも載りませんでした。

東海道新幹線で冬によく雪が降るのは、関ヶ原から米原にかけての区間です。
気象庁のデータによれば、関ヶ原アメダスの1997年から2020年までの最深積雪の平年値は、27cm。
東北・上越新幹線はこれを遥かに上回る雪が降る地域を通るにも関わらず、東海道新幹線のような大きな遅れが発生する頻度はずっと低いです。

今回は、東海道新幹線が雪で遅れる理由について書きます。

雪で遅れるのは、雪が積もることが問題なのではない

0系新幹線

東海道新幹線が雪が降ると速度を落とす(徐行運転する)のは、積もった雪が走行に影響を与えるからではありません。

東海道新幹線でよく雪が降る関ヶ原付近は、近くを東海道線(在来線)が走っています。
この地区が降雪地帯であることは、新幹線建設時点でわかっていました。

建設時には、関ヶ原程度の雪ならば、1時間あたりひかり1本、こだま1本の2本の列車が走るので、自力走行で雪を跳ね飛ばしながら走行できると踏んでいたと思われます。

それを裏付けるのが0系のスカートです。

0系のスカートの上部には、V字型の金属板が取り付けられています。(見出し画像拡大)
これは、スカートで跳ね上げた雪を側方に流すための雪よけ板です。※注1

このことからも、関ヶ原の雪が問題になることはない、と、開業前は考えられていたと思われます。
「雪をかき分けて走る」のが不可能と判明して以降に設計された100系のスカートには、雪よけ板はありません。(画像)

注1:「新幹線ハンドブック」国鉄新幹線総局 1970年

雪が降ると徐行するのは、後が大変になるから

しかし実際には、開業から50年以上経過した今でも、関ヶ原で雪が降ると徐行運転をして遅れます。

これは、雪が積もった状態で高速走行をすると走行風で雪が舞い上がるためです。
雪が舞い上がると車体や台車付近に付着し、外気温が低いため凍ります。

ここまでは新幹線の走行に何の問題もありません。
問題は、関ヶ原を抜けて暖かい地域に入ってから起きます。

気温が0°Cを超えると、車体に付着した凍った雪が溶け、車体から落下します。

東海道新幹線の線路は、そのほとんどがバラスト(砕石)の上にマクラギとレールを敷いたバラスト軌道です。
そのバラストの上に走行中の新幹線から凍った雪が溶け落ちると、問題が発生するのです。

時速285kmの氷塊の威力

考えてみてください。

甲子園に出場するレベルの高校球児のピッチャーで、140km/h台で投げられれば「速球派」と言われるそうです。

甲子園レベルの速球派ピッチャーの倍のスピードの氷の塊を、リリースポイントから1mの場所で喰らったらどうなるでしょうか。
無事で済むはずがありません。
当たりどころが悪ければ命に関わります。

それをほぼ水平方向に、バラストにぶつけたらどうなるでしょうか。
バラストが跳ねます。

東海道新幹線が開業して初めての冬、新幹線の窓ガラスが走行中に突然ひび割れたり、床下機器が損傷する事象が多発しました。

調べてみたら、関ヶ原の雪を舞い上げ車体に付着して凍ったものが、暖かい地域に入って溶け、バラストに落下してそのバラストが跳ねて、窓や床下機器に飛び込んでいることがわかりました。

新幹線が雪を枚上げると発生する事象

これは現象を解明して初めてわかった雪の怖さで、以来関ヶ原で雪が積もった場合は、雪を舞い上げないように速度を落とすことにしました。
それによって、車体に雪が付着しないようにしているのです。

徐行する他にも、対策は打っているんです。

雪対策は、徐行の他にも行っています。

舞い上がりやすい粉雪は、水を撒いて湿り雪にすることで、舞い上がりを軽減することができます。
このため、関ヶ原から米原にかけてスプリンクラーを設置し、雪を濡らして湿り雪にして舞い上がりを抑えています。

東海道新幹線のスプリンクラーは、雪を溶かすのが目的ではなく、雪を湿らせることが目的なのです。

また、深夜に積雪が見込まれる場合や、降り積もった雪が一定の深さを超えた場合は、ロータリブラシ式除雪車を出動させ、除雪を行います。
これは回転するブラシでレール面より下の雪まで掻き出すことができる除雪車です。
一般的に「雪かき車」と言うと想像されるラッセル式除雪車では、レール面より下の雪は取り除くことができません。

だったら湯をジャンジャン撒けばいいじゃない、は無理なんです。

先に「東海道新幹線のスプリンクラーは、雪を湿らせることが目的」と書きました。
であれば、湯をジャンジャン撒いて雪を溶かしてしまえばいいじゃない、と思われるかもしれません。

豪雪地帯を走る東北・上越新幹線では、ポイントが雪で凍ったり、雪を噛んで転換不良が発生することを防ぐため、ポイント付近は湯を撒いて雪を溶かしています。

ところが、東海道新幹線ではそれができないのです。

理由は、線路にあります。

東海道新幹線の線路は、ほとんどがバラスト軌道です。
バラスト軌道は、路盤(土)の上にバラスト(砕石)を盛り、その上にマクラギ・レールを敷設します。
バラストの下は土なので、水や湯をジャンジャンまくと路盤に水が浸透し、土が緩みます。

結果、列車の重みで路盤が変形し、レールが歪みます。
レールの歪み方によっては、列車が脱線する危険もあります。

また、撒いた水や湯は回収できません。
ジャンジャン撒いて流れ出た水を回収できたとしても、土を通っているので汚れており、そのままスプリンクラーに通すとスプリンクラーが壊れます。

撒いた水や湯が回収できないので、ジャンジャン撒くには大量の水を用意しなければなりません。

対する東北・上越新幹線は、スラブ軌道を採用しています。

これは、路盤をコンクリートで築き、その上にアスファルトの防振層を舗装し、さらにその上にコンクリート床板(スラブ)を設置するものです。

路盤がコンクリートなので、湯をジャンジャン撒いても路盤が緩まず水も回収でき、回収した水も汚れません。
また、コンクリートなので氷塊が落下してもびくともしません。

東海道新幹線がバラスト軌道を採用したのは、東海道新幹線建設当時はスラブ軌道の技術が確立していなかったためです。

名古屋駅新幹線上りホームにはケルヒャーがある

名古屋駅新幹線上りホーム下のケルヒャー

スプリンクラーで雪を湿らせても、速度を落として雪の上を通過させても、舞い上がりを完全になくすことはできません。

このため、徐行運転を実施してもなお床下に着雪する場合は、上り列車は名古屋駅で、下り列車は新大阪駅で、人の手によって雪落としを行います。

名古屋駅の新幹線下りホームから新幹線上りホームの東京寄りを見ると、ホーム下の空間に黄色い高圧洗浄機が、一定の間隔を開けて何台か設置されているのが見えます。

実際に作業しているところを見たことはありませんが、高圧洗浄機で氷塊を落とすのです。

また、名古屋近辺でも舞い上がりを無視できない雪が降った場合は、豊橋駅11番線で雪落としをすることがあります。
豊橋駅で上り停車列車が通常使用する12番線は、雪落とし作業を行えるだけの作業空間を確保できないため、11番線を使います。

雪で遅れても、運転見合わせにはなっていない

開業後、抜本的対策が打てないまま雪で遅れることを余儀なくされてきた東海道新幹線。

しかし、対策は年を経るごとに進歩しており、1994年以降は雪のため遅れることはあっても、運転見合わせになったことはありません。
また、平均遅れ時分も改善しています。

この問題を根本的に解決するためには、関ヶ原地区の路盤をスラブ軌道に造り替えるしかありません。
しかし、バラスト軌道を撤去してスラブ軌道に造り替えるには、年単位の時間が必要です。

リニア中央新幹線が新大阪まで全通すれば、東海道新幹線を長期区間運休させて路盤を造り替えることも不可能ではないかもしれません。
しかし、リニアが全通すれば東海道新幹線の長距離利用者の大半はリニアに移り、そこまで大掛かりな工事をしてまで雪対策を行う意義が霞みます。

そしてそのリニア計画も新大阪までの全通は現時点で見通せず、この問題は東海道新幹線が廃止される日まで続くのではないでしょうか。