ATS-PTについて

最終更新日:2015年11月10日

ATS-STの穴

「ATS-STについて」でも書きましたが、ATS-STには「ロング地上子の停止警報を確認扱いしてすぐブレーキを緩解すれば、停止現示の信号機にほぼ最高速度のまま突っ込める」という欠点があります。

その欠点を補うために速度照査機能があるのですが、最高速度で突っ込んでくる前提で設置しようとすると、速度照査地上子を何対も設置しなければなりません。
また、万が一にも運転士が、停止現示の信号機に向かっているのに力行した場合は、速度照査地上子を設置しても防護しきれません。

その欠点をカバーするのが、ここで説明するATS-PTです。

速度曲線の見方を思い出してください

速度曲線

速度曲線の見方、覚えていますか?

縦軸が速度、横軸が距離を表しています。
このグラフの青い線は、「ブレーキ開始」と示している点から下がっています。
グラフの線が下がるということは、速度が低下している(ブレーキをかけている)ことを示しています。

思い出していただけましたか?

停止パターンの生成

列車が停止現示の信号機に向かって走行しているとします。
PTパターーン生成

列車がATS-PT地上子(以下「地上子」)を通過すると、地上子からは「停止位置まであと○○メートル」という情報が、ATS-PT車両側装置(以下「車両側装置」)に送信されます。

車両側装置は「自分に認められている最高速度は何km/hか」という情報も持っており、「自分のブレーキ性能であれば、最高速度からどこで非常ブレーキを作用させれば停止位置に停止できるか」を計算します。
そして、その計算結果に基づいて、速度曲線(これを停止パターンと言います)を生成します。

貨物列車は、機関車の最高速度が電車より遅いだけではなく、牽引する貨車によっても最高速度が制限されるため、運転台にあるスイッチで最高速度を選択します。

運転士がブレーキを使用しない場合の挙動

地上子を通過して停止パターンが生成されると、車両側装置は「現在の速度」と「停止パターンの速度」を、常に比較します。

先に「地上子の情報に基づいて停止パターンが生成される」と説明しましたが、「一定速度停止パターンの10km/h下」と「ブレーキ曲線停止パターンの5秒前」に、「接近パターン」も生成されます。(下図の赤点線)

この図では、はじめ列車の速度が停止パターンも接近パターンも下回っているため、地上子を通過した時点では何も起こりません。

しかし、運転士がブレーキをかけないため、まず接近パターンにあたります。
接近パターンにあたると、「ピンポン」という警告音が鳴り、運転台の「パターン接近」表示灯が点灯し、運転士に警告します。
先ほど「ブレーキ曲線パターンの5秒前」と書きましたが、接近パターンにあたってから5秒以内に非常ブレーキを使用しなければ、停止パターンにあたるということです。

それでも運転士がブレーキ操作を行わない場合、停止パターンにあたります。

停止パターンにあたると、即非常ブレーキが動作します。また、「ピンポンピンポン…」と警告音が連続して鳴り、運転台の「ブレーキ動作」表示灯が点灯し、ATS-PTにより非常ブレーキが動作したことを知らせます。

パターン制御だからできること

ATS-PTは、先ほども書いた通り、停止パターンと列車の速度を常に照らし合わせ、列車の速度が停止パターンにあたると非常ブレーキが動作します。

停止パターンは地上子設置地点から停止位置まで、途切れることなく生成されます。

なので、ATS-PTでは、仮に運転士が一度ブレーキをかけて速度を低下させたのちに速度を上げるといった異常運転をした場合でも、停止位置を行き過ぎることはありません。

また、ATS-STと異なり、運転士が正しい運転操作を行なっていればATSの操作が発生しません。
ATS-STのロング地上子による確認扱いは、ちょんとブレーキを当てて確認ボタンを押してしまえば、すり抜けることができます。ともすればロング警報が作動しても反射的に(あるいは無意識下のうちに)確認扱いをしてしまう危険性があります。
それによる過走を防止するために速度照査地上子や直下地上子があるのですが、異常運転までは防護しきれません。

1箇所の地上子のみで停止位置まで連続して速度を監視し、いつでも非常ブレーキが作動するATS-PTは保安度が非常に高いと言えます。

地上子はいくつか必要です

列車が停止現示の信号機に速度を低下させつつ近づいている間に、停止現示の信号機が現示アップした時のことを考えてみます。

パターン更新地上子の必要性

列車が赤い縦破線に到達したところで、「停止地点」にある信号機の現示が、停止現示から注意現示に現示アップしたとします。
運転士は信号機を指差喚呼して現示アップしたことを確認し、速度を向上させます。

しかし、車両側装置は、「停止地点」に対する停止パターンを持ったままです。
当然、速度を向上させれば(速度を維持したままでも)、停止パターンにあたって非常ブレーキが動作します。

信号機は現示アップしたのに、このままでは信号機の先へ進むことができません。

パターン更新地上子の設置

この問題を解決するのは簡単で、信号機の直前と、手前数カ所に地上子を設置してやります。
現示アップ後に地上子を通過すれば、停止パターン、つまり「停止位置まであと○○メートル」の情報が更新されますので、速度を向上させることができます。

停止現示の信号機の手前に停止し、現示アップした場合、その信号機を通り過ぎるまでは、歩くくらいの速度で運転します。
信号機が黄色(注意現示)なら制限速度は45km/h(または55km/h)、黄色2灯(警戒現示)なら制限速度は25km/hなのだからもっと速く走ればいいのに、と思われた方もみえると思います。
しかし車両側装置は停止パターンを持ったままなので、信号機直前の地上子を通過するまでは速度を上げられないのです。

速度制限情報も伝達できます

これまでは「停止パターン」について書きましたが、「速度制限パターン」というのも存在します。

「停止パターン」は、地上子から「停止位置まで○○メートル」という情報を受けて生成されますが、考え方は同じです。
「速度制限パターン」は、地上子から「○○km/hの速度制限まで○○メートル、継続距離○○メートル」という情報を受けて生成されます。

速度制限パターンも、あたれば即非常ブレーキ動作で、接近パターンも生成されます。

ATS-STでは速度照査機能で対応していましたが、一つ問題があります。
それは、振り子車両のように「車種によって制限速度が大きく異なる」ケースに対応できないことです。

たとえば特急しなので運用される383系電車の場合、半径600mの曲線を本則90km/hの35km/h増しの125km/hで通過できます。
このカーブにATS-STの速度照査機能を用いる場合、383系電車が125km/hで通過する以上、設定速度は125km/hにする必要があります。
一般車両に合わせて90km/hに設定すると、振り子車両の特性を発揮できません。

ならばATS-ST車両側装置のタイマーを短くすればいいのではないか、と思われるかもしれませんが、振り子車両の速度制限緩和は一律ではありません。
タイマーを短くしてしまうと、振り子による速度制限緩和が適用されない場面でもオーバースピードで突っ込めてしまうことになります。(例えば、単線行き違いの運転停車の場合、停止現示の出発信号機に突っ込んだ場合に止まれない可能性がある。)

ATS-PTでは速度制限に付随して「どんなカーブか」という情報を車両側装置に送ることで、車両側装置は自車の特性から「送られてきたのは速度制限○○km/hだけど、○○km/h高い速度で通過できる」と計算します。

これにより、一般車両は一般車両に認められた速度で、振り子車両は振り子車両に認められた速度で速度制限パターンを生成できます。

くどいようですが

ATS-STの解説でも最後に書きましたが、「ATS-Pを設置していれば尼崎列車脱線事故は防げた」というのは明らかな間違いです。

仮に当時の福知山線がATS-Pになっていたとしても、問題のカーブ手前に適切な地上子を設置していなければ、列車はオーバースピードでカーブに突っ込めます。

逆にマスコミに「旧型」と呼ばれたATS-SWでも、カーブ手前の数カ所に適切な速度照査地上子が設置されていれば、事故は防げました。

いくらATS-Pやその派生型のATS-PTが新型で高性能と言っても、適切に設備されなければ何の意味も持たないのです。