ATS-STについて

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ATSについて

ひとたび鉄道事故が発生すると、決まってマスコミが大きく取り上げるATS。

ここで一つ言っておかなければならないことは、土佐くろしお鉄道宿毛駅列車脱線事故でも、JR西日本福知山線脱線事故でも、ATS等の列車保安装置について誤った情報を一度も報道しなかったテレビ局は皆無と言ってよいことです。

専門知識を持たないマスコミが、専門家から不確実な手段で得、混乱で内容が変化や欠落したものを憶測で補完しているような情報を信じてはいけません。ATSとATCとATOの誤用は毎度のことです。

マスコミ批判はこれくらいにしておいて、ATSとは日本語で「自動列車停止装置」と言い、列車が停止信号を行き過ぎる前に自動的に停止させる装置のことです。

ATSは鉄道事業者ごとに構造も機能も異なるため、ここではJRの一部路線で採用されているATS-STについて簡単に説明します。

ATS-STの概要

ATS-STには、ロング警報・自動停止機能、絶対停止機能、速度照査機能、列番送出機能があります。また、これらの機能を応用した分岐器速度照査機能、踏切無遮断通過防止機能があります。

ロング警報・自動停止機能は、列車が停止信号に近づいたときに運転士に対して警報を発し、反応がなければ列車を自動的に停止させます。

絶対停止機能は、行きすぎると大事故に直結する恐れの高い「絶対信号機」が停止信号の時、通過した列車を直ちに停止させる機能です。

速度照査機能は、列車の速度と設定速度を照らし合わせ、速度超過の場合は列車を直ちに停止させる機能です。

各機能の詳細は、あとでもう少し詳しく解説します。なお、列番送出機能、分岐器速度照査機能、踏切無遮断通過防止機能は機会があれば別に説明します。

速度曲線の見方を覚えてください。

速度曲線

ATSなどの説明をするのには、速度曲線が欠かせません。これなしで説明をするのは、不可能と言っていいでしょう。この機会なので、速度曲線を見れるようになってください。

速度曲線は、横軸に距離、縦軸に速度を振ってあるグラフです。左の図を見てください。

横軸は距離を表します。左から右へ向かいます。縦軸は速度です。上へ行くほど速くなります。

曲線を左から右へ辿ると、下に向かい、最終的には横軸にぶつかります。この地点で列車が停止したことを示しています。なのでこの曲線は、ブレーキ性能を表す速度曲線であることが分かります。

ブレーキが弱ければ、停止までの距離は長くなり、グラフは横に引き伸ばされます。自動車でブレーキを力一杯踏んだ場合、例えばマツダRX-8は100km/hから停止まで48m程度なので、鉄道用の縮尺でグラフを描くと「カックン」と落ちるでしょう。

このグラフから、どの地点ではどれくらいの速度で走行していて、ブレーキが作用しているか否かわかります。わかってください。

ロング警報・自動停止機能

この機能は国鉄期に開発された、JR各社のATSに共通する最も基本的な機能です。

まず、その路線を走行する、ブレーキ性能の最も悪い車両(具体的は貨物列車)が、最高速度から非常ブレーキをかけて停止するのに必要な距離と、最高速度で5秒間で走行する距離の和を求めます。この距離は仮に「警報距離」とでも呼ぶことにします。

警報距離を求めたら、信号機から警報距離を隔てた外方(手前)に、ロング地上子を設置します。ロング地上子は、その先にある信号機が停止現示(赤信号)の時のみ、信号を発します。

ロング動作

車両では、信号機が停止現示以外の場合は、ロング地上子から信号を受けないため、何も起こりません。

信号機が停止現示で、ロング地上子が信号を発している状態で車両が通過すると、運転台のATS警報ランプ(赤)が点灯し、けたたましいベルが鳴ります。これを「ロング警報」と言います。

警報を受けた運転士は、ブレーキを当ててATS確認ボタンを押します。これを確認扱いと言います。確認扱いを行うと、ATS警報ランプは消え、ベルは止まります。しかし、絶対信号機が停止現示であることを知らせるため、チャイムが鳴りつづけます。

なお、確認扱いのために当てたブレーキは、確認扱いの後に緩めることもできます。それができなければ、電車などブレーキ性能のよい列車は所定停止位置の手前で止まってしまうでしょう。

警報を発してから5秒以内に確認扱いが行われない場合は、自動的に非常ブレーキが動作し列車は停止します。

地上子が設置されている場所は、絶対信号器から「最もブレーキ性能の悪い車両が最高速度で5秒走行後、非常ブレーキをかけて停止する距離」ですから、運転士が確認扱いせずに非常ブレーキが動作すれば、停止現示の信号機は冒進しない(行き過ぎない)ことになります。

ロング作動状況 車種別

ただし、運転士が確認扱いを行った後はチャイムが鳴るのみで、以後ATSがブレーキを行うことはありません。確認扱いを抜ければ、そこからのブレーキは運転士頼みという落とし穴があります。

ロングの盲点

絶対停止機能

信号見落としによる事故は、ロング警報・自動停止機能でかなり防ぐことができるようになりました。しかし、確認扱いをしてしまえば、以後ATSは介入しないという欠点がありました。

この穴を埋めるために追加された機能が、絶対停止機能です。

ロング地上子とは別に、信号機の直前に直下地上子を設置します。この地上子は、信号機が停止現示(赤信号)の場合に、ロング地上子とは異なる信号を発します。

直下地上子の信号を車両が受けると、ロング地上子と同様、ATS警報ランプが点灯しベルが鳴りますが、その時点で非常ブレーキが動作します。

直下作動状況

万が一、運転士が確認扱い後にデスノートに名前を書かれたとしても、停止信号を過ぎたところで非常ブレーキが動作します。

ただ既に述べたとおり、120km/hで確認扱いをすれば、停止現示の信号機を120km/hで通過することも可能です。信号機の場所で非常ブレーキが作用しても、その時点の速度が高ければ効果はありません。

確認扱い後の穴を埋めるために追加された機能ですが、確認扱い後のセーフティーネットというよりは、停車した列車が停止現示の出発信号機を冒進する事故を防ぐことに役立っています。つまり、直下地上子を通過する時点の速度が高ければ、設置してもあまり意味がないのです。

絶対停止機能も、全国のJRで規格統一されています。

速度照査機能

直下地上子も、それを通過する時点で速度が高ければ効果がありません。極論を言えば、ロング警報を受けて「ブレーキをチョンと当てる→確認ボタンを押す→ブレーキを払う」の動作を俊敏に行えば、ほとんど最高速度のまま停止信号を突っ切る事もできてしまいます。

そこで追加されたのが速度照査機能です。

速度照査機能は、読んで字のごとく設定速度と現在の速度を照らし合わせ、設定速度を越えていたら非常ブレーキを動作させます。

この機能の動作原理はちょいと難しいので、心して読んでください。

速度照査機能は、任意の2点間を通過するのに要した時間から速度を検出しします。「任意の2点間」は速度照査地上子で、「時間」は車両のATS装置で作ります。

速度照査地上子は、ロング地上子とも直下地上子とも異なる信号を発信します。

車両は、速度照査地上子の信号を受けると、内臓タイマで0.5秒のカウントを始めます。(貨物列車はタイマの時素を0.55秒として、設定速度を下げています。)

カウントが終わる前に次の速度照査地上子の信号を受けると、ATS警報ランプが点灯し、ベルが鳴り、非常ブレーキが動作します。

カウントが終わってから次の速度照査地上子の信号を受けた場合は、新たに0.5秒のカウントを始めます。

速照動作原理

速度によってブレーキをかけることができれば、もう完璧だと思うかもしれません。しかし、50km/hの速度照査地上子を設置しても、その地点で50km/hを越えているか否かしか判定する事ができません。

通常あり得ないですが、速度照査地上子を抜けた後にノッチを入れれば、速度を上げる事が可能です。「その地点」の速度しか判定できないため、通過後は直下地上子まで監視するものがありません。

これを防ぐためにはどうすればよいのか。頭の回転の早い方ならお気づきと思いますが、速度照査地上子を増やし、速度照査を行う間隔を狭め、設定速度のステップを細かくすればよいのです。

速照動作状況

速度照査地上子をたくさん設置すれば、それだけ保安度が高まります。しかし実際は、速度照査地上子は3〜4組、6〜8個程度です。運転士が最高速度で突っ込んでくることはないはずだ、という仮定の上で設置しているのです。

上の図でも、速度照査地上子1に最高速度で入ってきたら、非常ブレーキが動作しても停止位置は行き過ぎてしまいます。

この問題を完全に解決するのは、別に説明する機会を設けるつもりのATS-Pしかありません。

福知山線脱線事故でのATSに関する誤報

ここは単にマスコミ批判をするのみです。飛ばしてもらって構いません。

福知山線脱線事故では、発生から時間が経つにつれ事故の概要が判明してくると、マスコミは事故に至った原因と、対策に怠慢がなかったかを報道するようになりました。

その中で、とあるテレビ局が「福知山線は旧型のATSを使用していたので事故を防げなかった。新型ATS(ATS-P)を導入していれば事故を防ぐことができた。」と報道していました。

ATS-Pを導入していれば、脱線に至らなかったことは確かです。しかし、旧型(ATS-SW)のままでも、速度照査地上子を適切な箇所に設置していれば、速度超過を防ぐ事はできました。

これまで従来型ATSの欠点ばかりを強調するような書き方をしてきましたが、適切な場所に適切な設備を行えば、かなりの事故を減らす事はできるのです。

しかし原型のATS-Sが制定されたのは1962年の三河島事故の後。抜け穴をすり抜ける事故が発生する度に機能追加で凌いできた感は否めません。また、ブレーキ性能の向上著しい電車の高性能化の足かせともなっています。

これらの問題を根本的に解決できるのは、ATS-Pの登場を待つ事になります。P型についてはまたいつか説明する機会を設ける事にします。